個人事業主として活動を始める際に気になるのが「開業届を出すべきかどうか」という問題です。とくに副業やフリーランスとして働く人にとっては、「提出したら扶養から外れる?」「失業保険がもらえなくなる?」「会社に副業がバレるのでは?」といった不安がつきまといます。
本記事では、開業届を出すデメリットだけでなく、出さないことによる注意点や判断のポイントまでわかりやすく整理しました。あなたの働き方や収入状況に合った最適な判断ができるよう、制度の基礎から実務的なアドバイスまで丁寧に解説していきます。
開業届とは?基本知識と提出先
事業を始めたときに提出する「開業届」は、税務署に自分が個人事業主として活動を始めたことを知らせるための書類です。副業やフリーランスをスタートする方にとっては身近な手続きですが、制度の内容や役割を正しく理解しておくことが大切です。
開業届の役割と提出期限
開業届の主な役割は、税務署に対して「所得を得るための事業を始めました」と正式に届け出ることにあります。これにより、確定申告の形式や税制上の優遇措置などが決まります。特に青色申告を希望する場合、この届け出が前提となります。
原則として、開業日から1か月以内に提出するよう国税庁は案内しています。ただし、実際には過ぎてしまっても罰則はありません。ただし青色申告の申請期限に影響が出る可能性があるため、なるべく早めに提出するのが望ましいです。
税務署への提出方法と必要書類
開業届は「個人事業の開業・廃業等届出書」という正式名称で、全国どこの税務署でも受け付けています。提出方法は、以下の3つから選べます。
- 税務署に直接持参する
- 郵送で提出する
- e-Tax(オンライン)で電子申請する
必要書類は1枚のみで、マイナンバーや事業の概要、職業、開業日などを記入します。青色申告を行う場合は、別途「青色申告承認申請書」も一緒に提出が必要です。
時間がない方は、freeeやマネーフォワードなどのクラウド会計ソフトを活用すれば、フォーム入力だけで書類が自動作成できるため、手間を大幅に減らせます。
開業届を出すデメリットとは
開業届の提出には多くのメリットがありますが、一方で状況によっては注意すべきデメリットも存在します。提出前にこうしたリスクを把握しておくことで、後悔のない判断ができるようになります。
扶養から外れる可能性と社会保険への影響
開業届を出して一定の収入が見込まれると、配偶者の扶養から外れる可能性があります。特に健康保険や国民年金の扱いが変わり、保険料の自己負担が発生するため、収入に見合わないコスト増につながることもあります。
扶養の判断基準は「年間所得130万円未満」「雇用されていないこと」などがありますが、自営業は“継続的な事業”と見なされるため、収入額に関係なく扶養対象から除外されることがあります。
その結果、保険料や年金の支払い義務が発生し、手取りが減少することもあるため、自身の収入見込みと扶養条件を事前に確認することが重要です。
失業保険が受けられなくなるリスク
開業届を提出すると、原則として「就業状態」とみなされるため、雇用保険の基本手当(失業保険)を受け取る資格を失います。たとえ収入がゼロであっても、事業を開始したと見なされることで失業状態と認められなくなります。
ただし、条件を満たせば「受給期間延長」や「再就職手当」などの制度が使える場合もあります。離職後に事業を始める予定がある方は、先にハローワークで相談してから開業届を提出すると、制度の選択肢が広がります。
副業が勤務先に知られる可能性
副業として個人事業を始める方にとって、開業届の提出は会社に知られるきっかけになることがあります。特に住民税の申告で「事業所得」があると、自治体から勤務先へ通知され、発覚するリスクが高まります。
これを防ぐには、住民税の納付方法を「自分で納付(普通徴収)」に切り替えることで、勤務先を経由せず納税できます。加えて、副業禁止規定のある企業に勤めている場合は、事前に社内規定を確認し、トラブル回避の対策を講じることが必要です。
記帳や確定申告など事務負担が増える
開業届を提出すると、所得の申告や帳簿の作成など税務上の義務が発生します。青色申告を選んだ場合は、複式簿記による帳簿付けや損益計算書の提出が求められ、事務作業が一気に増えると感じる人も少なくありません。
しかし現在は、会計ソフトを活用することで、複式簿記や仕訳処理も初心者でも簡単に対応できます。事務負担の軽減とミス防止のためにも、なるべく早い段階でクラウド会計サービスを導入しておくことが賢明です。
開業届を出さないデメリット
開業届の提出には義務があるわけではなく、「出さなくても事業はできる」と考える人もいます。しかし、提出しないことで将来的に不利になるケースも多いため、判断は慎重に行うべきです。ここでは、開業届を出さないことによって生じる主なデメリットを解説します。
青色申告ができないなど節税メリットを失う
開業届を出さなければ、青色申告の承認も受けられません。白色申告では、最大65万円の控除や赤字の繰越控除、専従者給与の適用といった節税制度が使えないため、税負担が増える可能性があります。
また、青色申告は帳簿の保存義務がある反面、事業所得を正確に管理できるメリットもあります。将来的に売上が伸びる見込みがある場合、節税の観点からも開業届と併せて青色申告の申請を済ませておく方が賢明です。
屋号や事業用口座が使えない不便さ
開業届を出すと、屋号を使って銀行口座を開設したり、請求書や領収書に事業名を記載できたりと、事業者としての体裁を整えやすくなります。これに対して開業届を出していないと、屋号付き口座の開設を断られることもあり、取引先からの信用性に影響する可能性があります。
特にフリーランスや副業であっても、事業用とプライベートの資金を分けて管理したい場合は、開業届の提出が実務面で有利に働きます。
税務署から事業実態を疑われるリスク
収入が継続的に発生しているにもかかわらず開業届を出していない場合、税務署から「なぜ申告がないのか」と問われる可能性があります。確定申告を怠っていたり、経費処理が曖昧な場合には、最悪の場合、無申告加算税や延滞税などのペナルティを課されるリスクも否定できません。
また、事業として認められないと、必要経費の一部が否認され、課税所得が増える恐れもあります。そうした事態を避けるためにも、事業を継続する意思があるなら、正規の手続きを踏んでおくことが信頼の構築にもつながります。
開業届のメリットもあわせて確認
開業届には確かにいくつかのデメリットが存在しますが、それと同時に多くのメリットも得られます。ここでは、開業届を出すことで得られる代表的な3つのメリットを紹介します。デメリットとあわせて比較しながら、判断材料の一つとして活用してください。
青色申告による節税効果
開業届を提出し、「青色申告承認申請書」も一緒に出しておくと、青色申告が可能になります。青色申告では、最大65万円の特別控除が受けられるだけでなく、赤字を最大3年間繰り越せる制度も活用できます。
また、家族に支払った給与を経費に計上できる「青色事業専従者給与」も使えるため、所得税や住民税の節税につながります。事業の規模が小さい段階でも、今後の収益拡大を見越して活用することで、大きな節税効果を得られる可能性があります。
事業用融資や補助金の申請がしやすくなる
開業届を提出すると、「個人事業主」としての立場が明確になり、日本政策金融公庫などの公的融資を受けやすくなります。たとえば「新創業融資制度」などは、開業実績や事業計画をもとに無担保・無保証で資金を借りられる制度として活用されています。
また、自治体や省庁が提供する各種補助金・助成金の申請にも、開業日や事業実態を証明するための書類として開業届の控えが求められるケースが一般的です。資金調達の可能性を広げる意味でも、届出は大きな後押しになります。
事業者としての信用を得られる
開業届を提出していると、社会的にも「正式な事業者」としての信用が得られやすくなります。取引先との契約や業務委託、士業や専門家とのやり取りなどでも、屋号の名刺や請求書を提示できることで、信頼感を高められます。
また、個人事業主向けのサービス(事業用口座の開設、法人向けクラウドツールなど)も利用しやすくなるため、今後の業務拡大や運営効率の向上にもつながります。
開業届は必要?出すべき人・出さなくてもよい人
開業届はすべての人が必ず出さなければならないものではありません。ただし、出すべきかどうかは、働き方や収入の見込みによって判断が分かれます。ここでは、立場別にどのようなケースで提出が必要になるのか、また提出しない場合の扱いについて整理します。
副業・主婦・学生など立場別の判断ポイント
副業で少額の収入がある場合や、主婦・学生など本業が別にある場合には、「開業届を出すべきか迷っている」という声がよく聞かれます。判断の目安としては、以下のようなポイントが参考になります。
- 継続的な収入が見込まれるかどうか
→ 単発の収入でなく、今後も継続して報酬が発生する予定なら、事業性ありと判断される可能性が高く、開業届の提出が望ましいです。 - 事業としての意思や準備があるか
→ 屋号を使いたい、専用の銀行口座を作りたい、帳簿をしっかり管理したいなど、事業運営の体制を整える意思があるなら、開業届を出すことが適しています。 - 年間所得が大きくなりそうか
→ 所得が年間20万円を超えると確定申告が必要になります。節税効果のある青色申告を視野に入れる場合は、開業届が必須です。
一方で、不定期な収入や趣味程度の活動にとどまる場合は、開業届を出さなくても問題ないことが多く、確定申告のみで対応するケースもあります。
罰則があるのか?提出しない場合の扱い
開業届を提出しなかったからといって、法律上の罰則は存在しません。税務署が「開業届の未提出」を理由に処分することはなく、あくまで任意の届出です。
ただし、青色申告が利用できなくなる、事業実態の証明が難しくなる、事務手続きが複雑になるといった“間接的な不利益”が発生します。特に帳簿付けや経費処理の透明性を保ちたい場合、届出を出しておくほうがトラブルを防ぎやすくなります。
結論として、事業を継続して行う意思がある場合や、一定の収益が見込まれる場合は、開業届を提出したほうが中長期的なメリットが大きくなります。
開業届を出すか迷ったときの判断基準
「開業届を出したほうが良いのか、それとも今は出さずにおくべきか」。こうした迷いは、多くのフリーランスや副業従事者が直面する悩みです。提出にはメリット・デメリットがあるため、感覚的な判断ではなく、冷静に条件を整理して考えることが重要です。
デメリットとメリットを比較して考える
まずは、開業届を出すことで得られる節税・信用・融資のメリットと、出すことで生じる扶養・失業保険・事務負担のデメリットを一覧で比較してみましょう。
比較項目 | メリット(出す場合) | デメリット(出す場合) |
青色申告 | 可(節税効果あり) | 書類提出が必要 |
扶養の扱い | 基本的に外れる | 保険料負担が発生 |
信用・融資 | 申請可能 | なし |
副業が会社に知られる可能性 | 高まる場合あり | 対策が必要 |
税務処理 | 明確になる | 記帳が必須 |
このように、開業届を出すことで税務・資金・信用面での恩恵が得られますが、制度上の制限やコスト増も伴います。どちらが自分の状況に合っているか、紙に書き出して整理すると判断しやすくなります。
将来の事業計画や収入見込みから判断する
今の収入が少ないからといって、必ずしも開業届を出すべきでないとは限りません。むしろ、今後本格的に事業を育てていきたいと考えているなら、「早めに届け出ておく」ことが信頼の礎になります。
特に以下に当てはまる人は、早期提出が有利です。
- 今後の売上拡大を見込んでいる
- 補助金や融資の申請を予定している
- 屋号や事業用口座が必要
- 会計ソフトで帳簿管理を始めている
逆に、しばらくは不定期な収入しか得る予定がなく、扶養や失業保険の範囲に収めておきたい人は、タイミングを見て提出時期を調整するのも一つの選択肢です。
不安があるときは税理士や専門家に相談する
最終的にどう判断するかは、自分のライフスタイルや将来設計によって異なります。「税金や保険の制度が複雑でよくわからない」「会社に知られないようにしたいけど方法が不安」といった悩みがある場合は、税理士や公的な相談窓口を活用するのが効果的です。
自治体の商工会議所や創業支援センターでは、無料で開業相談を行っているところもあります。相談できるプロに一度話を聞いてもらうだけで、判断に必要な視点が整理されることも多く、安心して一歩を踏み出せるようになります。